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| ある日 会社の前をうろうろする50代の紳士と老女、立ち止まってはキョロキョロしています。 |
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| ちょっと気になったので、 「何かぁ・・・
」 声を掛けてみると、 |
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| 「すみませんが、めんこ横丁はココでしたよね?」 |
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めっ め・ん・こ・よ・こ・ちょ〜!?
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| そうでした。 |
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| 会社の南側には幅3m弱の、当時はブロック塀と板塀に囲われている路地がありました。 |
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| 『めんこやベーゴマ』をしたり『紙芝居』がやって来たり、子供の頃よく遊んでいたことを思い出し、 |
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| 「そうでしたね、よく集まってましたよねぇ!」 と答えると、 |
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| 「ほらっ 母さん、 やっぱりタケチャンの家はこの辺だよ」 *世界の北野 武監督ではありません。 |
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| 今は表札が違いますので、「○△タケ◇さんなら えーっと こちらがお住まいで・・・」 ご案内しました。 |
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増太郎ハサミの研削工場
昭和35年頃 |
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| 昭和30年代から40年代前半(1955〜1960年代)に掛けて、学校から帰った少年達は |
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| この『めんこ横丁』に集まりました。 |
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当時はどの子も鼻をたらしては上着の袖口を光らせ、見るものすべてに目を輝かせ、ブロック塀に
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| よじ登り、その上を素早く駆け回るような元気な少年達がたくさんいました。 |
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| 木樽にゴム挽きシートのベーゴマ床が、50mほどある横丁の30m以上先まで並ぶこともありました。 |
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| ガキ大将がいました。 |
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| 人情味があって私利私欲に走らずに人気があり、イタズラもしますが素直にあやまるとこも出来。 |
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| どんなことにも決して挫けない面構えを持つ、やさしくて頼りになる兄貴分達でした。 |
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| 小さな子供達もそんなガキ大将にあこがれ、それを目指して受け継ぎ人となりを形成させていった |
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| のでしょうか !? |
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| 当時のことを考えてみると、日本はとてつもなく裕福な国になっていたんですね。 |
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| つくづく思い知らされます。 |
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| 今ではきれいに舗装されてブロック塀も板塀もありません。 |
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| そんな『めんこ横丁』が、この物質的に豊かになった日本を |
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| 作り上げてきた世代を輩出していたのでは、と。 |
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| 諸先輩方、まだまだご活躍のことと思われます。 |
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| お体を大切に。 |
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現在の『めんこ横丁』
相変わらず子供達の遊び場です。
遊び道具・・・
実は 何でもいいみたいですよ、
夕方... ピコッ ピコッ と、
聞こえてきました。 |
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